流星群 2


ロザリアはこうなった事態にではなく、それを少しも喜べないでいることに苛立って、つい余計なことを口にする。
「たった今、アンジェが試験を降りてしまったんですわ。」
そして言った。
「あの子が今夜、あの方との恋を成就させたので、
居場所を失った女王のサクリアが全て、わたくしのところにやって参りましたわ…」
彼女に流れ込んだサクリアにはアンジェリークの名残りがあったことをルヴァに説明すると、何度目かの瞬きの後、ルヴァも納得して言った。
「それで、なんですねえ…」

目蓋を閉じてしまって、ルヴァがためらいがちに問う。
「…あ~、貴女は、あの~アンジェリークのことはどうなさいますか?
 候補の資格を手放した彼女は、聖地に入る資格も失ったということなのですから。」
ロザリアは応えた。
「どちらかが女王になったら、もう一方は補佐官になることを、
 わたくし達は約束しておりますのよ。」

ロザリアが俯いたので、女王の輝きと共に彼女の眼差しも、その瞬き毎に降りしきる。
目蓋を閉じたままのルヴァにも、それはよくわかっていた。
彼はゆっくりと目蓋を開けて、眼差しをロザリアに返した。

それから、どちらともなく意地悪な思い付きを口にした。
「もしもそれを許可しなかったら…」
声が揃ってしまい、二人同時に苦笑する。

ロザリアが命題を示した。
「もしわたくしが、アンジェリークを許さなかったら、一体どうなるかしら。」
ルヴァは、アンジェリークとその恋人を思い浮かべて応えた。
「あ~、そうですねえ、あの人達のことですからねえ…
 きっと、駆け落ちくらいはするんじゃないでしょうかね。」

ロザリアは静かな声でさらに問う。
「でも、あの子の恋のお相手は、守護聖様ですもの。
 そんなことされたら、必ず連れ戻さなければいけませんわね。
 それでもわたくしが許さなかったら、あの子達はどうすると思われますか。」
ルヴァはロザリアの輝きに目を細めて、けれど顔を逸らすことなく、応える。
「それでも貴女がお認めにならなかったら…
 情熱的な人達だから、心中だってやりかねませんかねえ。」

ロザリアはくすくすと笑ってしまい、彼女を取り巻く黄金の輝きを揺らした。
「それではわたくしに選択の余地はないじゃありませんの。
 守護聖様を一人でも失ってしまっては、宇宙の進行に関わるどころか、
 そのまま全てが滅びに繋がってしまうかも知れないですもの。」
ルヴァも微笑して返す。
「貴女はアンジェリークのことを、否定したりはなさらないでしょう。」
ロザリアは頷いて応える。
「ええ。しませんとも。」

それからルヴァが頭に手をかけてターバンを外そうとしたので、ロザリアは遮り、ルヴァの手首に添えた自分の手を見つめながら言った。
「そんなことをなさってはいけませんわ。」
以前ルヴァの故郷の話を聞いた時に、それは愛する者の前でしか外さないものと、ロザリアは知ってしまっていたからだ。
ルヴァはもう一方の腕を伸ばし、ロザリアの白い手に触れて優しく拒む。
「いいんです。今だけは、こうすることを許して下さい。」
穏やかな声がロザリアに向かう。
「今だけでいいんです。私のこともどうか、否定しないでくださいね。」
頷いて、ロザリアは言った。
「そんなことしたら、自分自身の心まで否定することになってしまいますわ。」
その言葉を機に、衣擦れの音と共に一気に白い布が取り去られた。
初めて見るルヴァの短い頭髪が、ロザリアには滲んで見える。

そのままロザリアはルヴァを見下ろし、ルヴァはロザリアを見上げていた。
彼の物静かな眼差しに、いっそ口唇を降らせたかったが、ロザリアはそうはしなかった。女王の翼の輝きがその二つの灰色の目を焼いてしまったらいけない、と思ったからだ。

ロザリアの眼差しを下で受け止めながら、ルヴァは彼が知っていることを話した。
「降るものが優しいのは、きっと自分がそれらに慈しまれているようだからなんですね。
 流れ星や、花、雨、雪、光、それから木の葉などにです。
 それらはまるで、あの~、人の眼差しや声にも、とてもよく似ているんですよ。」
ロザリアは微笑みながら、彼と一緒に過した日々を思い起こして、彼の知識を肯定した。
「ほんとう。わたくしも、大好きですわ。」

それからロザリアは、女王府の者が自分を待っているだろうと思い、王立研究院に向かって歩き出した。ルヴァも立ち上がって彼女を見送った。背を向けてしまっても、彼がいつまでもそうしていたことは、彼のサクリアの気配によっていつまでもわかっていた。

公園から研究院まではほんの少しの距離だから、すぐに着いてしまうだろう。
彼女の背に与えられた翼が煌々と辺りを照らすので、道に迷ったり何かに躓くことはない。

何もかも全てを含めて支えることができなければ、女王の翼は与えられないのだ、と、
ロザリアは思う。それが自分に与えられたということは、自分にはそうすることができると、宇宙が認めたことなのだろう、と。
 後で後悔したって、わたくしは知らないんだから
誰にともなく胸の内にそう呟いたロザリアの翼からは、絶え間なく黄金の光が放たれている。流れ星の雨のように、光は辺り一面にまき散らされて、木々の枝や葉の形を正確に映し出し、彫像や建物の本来の色を露にする。

王立研究院の前では彼女が思った通り、主任研究員と女王補佐官のディアが待っていた。
夜だというのに、髪の色や衣装の細かい細工までもがよくわかるほどに、ロザリアの前に二人の姿はくっきりと浮かび上がっていた。

ロザリアは、流れ星や、花弁や、雨や雪や木の葉のように、彼女の愛情を世界の全てに降らせるために、顔を上げて胸を張り、まっすぐに歩いて行った。

end

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[WithLuva]