アンジェリークとロザリアの対応の差は、それぞれの大陸発展度合いの差となって現れた。 ロザリアが大陸に行くと、守護聖達からアンジェリークへの『贈り物』としての育成結果であるエリューシオンの発展と、フェリシアへの妨害の跡を、まざまざと見せつけられた。人の人に対する好意の結果が、この荒れ野か、と、かつて美しい街であった場所をロザリアは白々しい思いで眺めている。自分が妨害を依頼した時にはあれほど嫌そうな顔をしたくせに、と守護聖達を嘲笑したくなる。ロザリアを天使と呼んで憧憬と信頼を寄せてくる大神官達へはすまない思いで一杯になるが、飛空都市の王立研究院に戻って遊星盤から降り立つ頃には、増々うんざりとした思いに押しつぶされそうだった。 けれど、どれほど差を付けられようと、また彼女自身がどんなにくだらなく思っていても、ロザリアは試験を放棄する気にはなれなかった。 ロザリアには、それしかなかったからだ。 それに、『ロザリアには負けない』と宣言したアンジェリークが真剣であることはわかっていた。ロザリアも、どうせ負けるのであっても、あがけるだけあがいてみせる、と思った。 そして予定調和のコミックオペラは終幕の時を迎える。 大陸の中央の島にエリューシオンの民が辿り着き、光の柱が天高く立ち上る。 255代女王すなわち今上陛下の指示により、アンジェリークは今迄の宇宙から、次元の異なる宇宙--試験課題の行われている宇宙--へと、星々の移動を行った。 女王の力を持つに相応しいと宇宙に選ばれたアンジェリークは、その身に女王のサクリアを引き継ぎ、前代未聞の大仕事を見事にやりおおせる。 宇宙の大移動を成し遂げたアンジェリークは、それから二日たった今、昏々と眠り続けている。体力も精神力も使い果たして眠り続ける試験の勝者を、ロザリアは心配したが、研究員や守護聖達の話では、初めてサクリアを発動させた疲労にすぎず、あと一日二日もすれば元気に目覚めるものだと言われる。目覚めたら、すぐに戴冠式を執り行う、とも。 この期間、ロザリアの部屋を訪れる者は、寮の職員を除いて全くいなかった。やるべきことの一切を失ってしまったロザリアは、黙々と荷造りに取りかかった。生家に送り戻すもの、寮から借りている備品、いずれも、この200日を超える女王試験の間に随分な量となってしまっているが、それしかすることがないロザリアにとって、思ったよりも簡単にできてしまうことだった。 やがて、アンジェリークは目を覚まし、256代女王として玉座へと招かれる。 戴冠式の終わる前に、主星に帰ろうとしていたロザリアは、255代女王の要請によって足留めされた。床も装飾品も鏡のように磨き上げられた広間には宮廷楽士が控え、守護聖達が両脇に立ち並ぶ緋毛氈のその先にある玉座の前に、255代女王と女王補佐官、そして勝者であるアンジェリークがロザリアを待っていた。 アンジェリークが進み出て、ロザリアを自分の補佐官として残すよう、女王に進言する。 けれどロザリアには、親友と交わしたかつての約束も、女王の願いも、もはや聞き届ける気になれなかった。 「嘘! 約束したのに! ロザリア、どうして!?」 新女王の自覚もどこへやら、アンジェリークが大声で叫んだが、ロザリアは首を縦に振る事はなかった。 次の瞬間、宇宙一の賢者にして温厚な学者と言われる男が、矢も盾もなく進み出、敗北した女王候補をその両腕で拘束していた。 普段の柔和なテノールではなく、掠れて獣じみた声が咽奥から絞り出される。 「ああ、いけません、ロザリア、残らないだなんて…… そんなのは、いけませんよ。」 玉座の女王達や、その前に敷かれた緋毛氈の両脇に並ぶ彼の同僚達のみならず、ロザリア本人もまた、この事態を把握するのに苦労していた。 かつて試験中、二人の仲が良いことを冷やかした彼の同僚に、この守護聖は言ったではないか。 『私達にはそんな風にからかわれるようなものは、特別なんにもありません』 と。 あの日の彼の声色も苦笑も、ロザリアは今だって鮮やかに思い出せる。 そして、ロザリアもそれを良しとしたと言うのに。 なのにどうしてこんな時に、こんなことになるのか、ロザリアには理解できなかった。 抱きすくめられた背中越しに伝わるルヴァの体温と鼓動とが、ロザリアには怖ろしい。 「お離しになって……」 やっとの思いで言葉にした願いは聞かれず、戒めは解かれない。 「いやです。」 ルヴァは増々その腕に力を込める。荒い呼吸がロザリアの髪を震わせる。 「いやなんです。貴女の、行ってしまうのが…」 ロザリアは、言った。 「わたくしはもう女王候補ではございませんのよ。」 ソプラノはひび割れて震えていたが、 「親しくしていただく理由も、もう、ございません。」 と続く。 拘束していた腕がぴたりと動きを止め、その隙にロザリアはルヴァの腕の中からするりと抜け出すことに成功した。 ルヴァのこわばった面持ちを見上げると、心臓がわしづかみにされるような痛みに息が詰り、理由のわからない罪悪感が込み上げたが、ロザリアは抗うようにゆっくりと口唇の両端を釣り上げて、眉間にしわがよらないように注意して、笑顔を作った。 数歩退いて、ドレスの裾を持ち上げ淑女の礼をとり、 「ごきげんよう。皆様。」 と言い残すと、二度と振り向くことなく扉の向こうに去って行った。 聖地の大広間には、ロザリアを呼んで泣きわめくアンジェリークの声が響いた。 |
[WithLuva]