YOU are OK 10
例えば湖の森で 公園で 聖殿の中庭で どこかの部屋で
肩に青い小鳥を乗せたマルセルがくすくす笑う。
ランディがアンジェリークにフリスビーを投る。
リュミエールが時折ハープを奏でる。
下草の上に寝そべるオスカーが頭に乗せられてしまった花冠を持て余す。
オリヴィエが軽口を叩いてロザリアをからかう。
クラヴィスが眼を伏せて静かに佇んでいる。
物言いた気な顔でジュリアスが、しかし黙って皆を見る。
ルヴァが穏やかな顔で本を紐解く。
相似形の円がそこかしこに置かれていて、
いずれもが優しくて楽しそうで、寂し気で、 歪んでいる。
パセリ、セージ、ローズマリーとタイム…
埋葬のハーブ。どこにもない場所、起こり得ない出来事、成就しない恋。
けれど、「世界」だって不幸ではいたくないのだ。
本当は歪んでいたいわけじゃない。
ある日突然、何の準備もなしに選ばれた女王候補の恋
システムの中でシステムに育てられた女王候補の恋
変化の予感。
「世界」はそれを良しとする。
「だったら俺が選ばないのもアリだよな。」
自分も「世界」だから。
…無理矢理連れて来られて無理矢理背負わされた「世界」だけどよ
本当は俺、こいつらをそう嫌っているわけでもないのかもしれない。
「女王には、なる奴がなりゃーいい。
マジでどちらもOKだ。」
ゼフェルは焦れるのをやめる。
そして試験終了の時を待つ。
…
ここしばらくの間、ゼフェルはずっと王立研究院に詰めていた。
依頼を受けた時以外は育成にも妨害にも力を使わないのに、
全ての守護聖が帰る迄、最後まで居残って、
フェリシアとエリューシオンのデータを観る。
もうあと建物が二つか三つで、中央の島にどちらかの民が達するという日。
宵の明星の輝き出す時に、皆よりも一番遅くにルヴァが星の間に現れた。
随分長い時間をかけて全力を挙げて力を贈っていたのに、
フェリシアは変化を見せなかった。
ゼフェルの隣に来てメインスクリーンを見上げていたルヴァだったが、
ふいにはじかれた様に踵をかえて、研究院を走り出た。
持っていた本を置き忘れているのにも気付かず、あの長い裾を踏んで転ぶこともなく、
行ってしまう。
ゼフェルは期待しているのか不安なのかわからないざわめきを胸に抱え、
最近ではいつも用意している夜食に手を出す気にもなれず、
スクリーンの前を動かなかった。
どれくらいの時間が過ぎて行くのかゼフェルにはさっぱりわからない。
スクリーンを見続けていいかげん眼がしょぼしょぼとしてきた頃、
フェリシアに続けざまに建物が建った。
中央の島に光の柱が立ち上る。
速やかにロザリアが呼び出され、遊星盤の上に立つよう指示が出される。
すぐにルヴァもやって来て、
主任のパスハに無理を言って彼に聖地との連絡役を押し付け
自分はメインコンソールを奪取する。
遊星盤の保全シールドが淡い緑色の光を発してロザリアの体を包み、
魂だけが大陸へと転移された。
ゼフェルはルヴァの姿に違和感を持ち、尋ねてみる。
「ターバン、なんかぐちゃぐちゃじゃねー?」
ルヴァは不敵な顔になり
「あ~、急いでたので、ちょっといつもよりいい加減に巻いてしまいましてねえ。」
そして頭の布に手をやり、
「ロザリアの部屋でね、取ってたんですよ。これ。」
と言うと今度はまっかになる。
ゼフェルは腰が抜けるかと思った。
「んな、この大事な時にかよっ!!」
「…だからですよ。そうする時が来ましたのでねえ。
あ~、その、私達は覚悟を決めてきましたから。はい。」
再び不敵な男の顔で、ルヴァは笑顔を見せる。
「おめーら………」
「ロザリアは今頃、世界に向かって大勝負をかけているんでしょうねえ。」
その後はずっとロザリアの方を愛しそうに見遣っていた。
スクリーンに映る光の柱は増々勢いを増し、大陸のある惑星全土が輝きに飲まれる。
遊星盤の方では保全シールドの隙間から細かい光がこぼれ始め、
ロザリアの体が黄金の粉を吹かれた様になる。
「あ~、今、これ迄私達がいた聖地のある宇宙から、この飛空都市のある宇宙へと
引っ越し作業が行われているんですよ。」
ルヴァは秘儀を説明する。
「この人はシステムそのものを変革してしまいしたよ。
ほら、この人の背に女王の翼が見えてきました。
光り始めているでしょう?
ああ、こんな風にして、
『古いものは過ぎ去って全てが新しく』なるんですねえ…
…でもそれがこの人の予定していなかった恋によるものなんですから
私は正直言って驚いてもいるんですが、
あ~、なんとも嬉しくて、照れくさいものですねえ。
私は…その~、当事者ですから。ははは…」
調子にのってんじゃねーよ、と心の中でルヴァに突っ込みを入れつつ、
ゼフェルは古謡を思い出す。
パセリ、セージ、ローズマリーとタイム
埋葬のハーブ。どこかにある場所、起こり得る奇跡、成就する恋。
ロザリアを取り巻いていた黄金の輝きが、翼の形を取って大きくその羽根を伸ばす頃、
オリヴィエが研究院に現れ、続いてジュリアスとクラヴィスも続いた。
男達がうっとりと見つめる中、やがて女王が帰還する。
保全シールドが解除され、ロザリアがゆっくりと目蓋を開く。
女王の気高く豪華な微笑に男達は圧倒される。
そして、女王はルヴァの姿を認めると、
あの日ゼフェルが夕方の図書館で見た時の様に、
はにかむ様な、穏やかでふんわりと柔らかい笑顔になった。
当事者でなくたって見せられた方はたまったものではない。
くすぐったくて、居心地悪くなるようで、でもやっぱりずっと見ていたいような、
そういうロザリアの笑顔に、いつまでも見とれていた。
ゼフェルは我に返るとルヴァの背中を思いきりひっぱたき、
「サイコー!」
と声を上げた。
かくして失恋の憂き目に遭った男達も、
ある者は苦笑混じりに、
ある者は跪いて見上げ、
ある者はどさくさに紛れて女王の頬にキスをして、
それぞれが自分達の新しい女王とその幸運な恋人を祝福した。
やがて聖地からの使者や他の守護聖達とアンジェリークも現れる。
アンジェリークときたら、彼女の恋人に一方の腕を絡めてぴったりとくっつき、
ニコニコしながらロザリアに向かってもう一方の手を振っている。
ゼフェルは大声で笑い出したいのを我慢しながら、女王の宣示を待った。
end
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[WithLuva]