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信行会講義(4)

仏教の世界観 釈尊の生涯
須弥山世界 誕生から青年時代
中陰の世界 出家から覚りへ
六道輪廻の世界 説法・教化の旅
仏の世界 −浄土− 涅槃への旅
補遺





平成19年2月12日(月) 実台寺信行会(第七十四回)資料
釈尊の生涯(1)誕生から青年時代

(参考)「仏所行讚(ブッダチャリタ)」 :作者は、馬鳴(めみょう)菩薩。古代の仏伝
馬鳴(めみょう):アシヴァゴーシャ
二世紀ごろのインドの仏教詩人。バラモンの論師から仏教に帰依した。叙事詩「ブッダチャリタ(仏所行讚)」などの作品がある。
馬鳴(めみょう)という名の由来。(鳩摩羅什訳「馬鳴菩薩伝」)
馬鳴は本名を「弁才」といった。あるとき、王様が弁才の実力を臣下に示そうとして、七疋の馬を集めさせ、この馬に飼料を与えず腹をへらさせた。そして六日目の朝、十分に腹のへった馬たちのいる前に内外の人々を集めて、弁才を請じて法を説かせた。素晴らしい教えだったので、これを聞いた人で開悟しないものは一人もいなかった。 そこで頃はよしと、王は腹をへらした馬に対し、馬が一番に好きな草を与えさせた。ところが馬たちは涙を流して弁才の説く法を聞いていて、草には見向きもしなかった。このさまをみて人々は大いに驚き、馬も教えを聞いていたというので、この弁才のことを誰いうとなく、馬鳴と呼ぶようになり、馬鳴菩薩と崇めるようになった。

一.誕生から青年時代

1.誕生
○呼称
姓はゴータマ、名はシッダールタ(姓は「最上の牛」、名には「完成した」という意味がある。)漢訳では瞿曇 悉達多(くどんしっだった)。
「釈迦」は釈迦牟尼(しゃかむに)の略である。(梵:シャーキャ・ムニ、「釈迦族の聖者」の意) (釈迦は、部族名または国名で、牟尼は「聖者・修行者」の意味)
称号を加え、釈迦牟尼世尊、釈迦牟尼仏、釈迦牟尼如来とも、略して釈迦尊、釈尊、釈迦仏、釈迦如来ともいう。称号だけを残し、世尊、仏陀、ブッダ、如来とも略す。「仏陀・ブッダ」は、悟った者の意。
巷間では、お釈迦様、仏様と呼ばれることが多い。
仏典ではこの他にも多くの異名を持つ。うち代表的な10個を総称して「十号」と呼ぶ。
○誕生年・没年
@南方仏教の説:紀元前624年〜前544年
A大乗仏教の説:紀元前566年〜486年
B中村元氏等の説:紀元前463年〜383年
概略、今から約2500年前に生まれたといえる。
○家族
釈迦族:ヒマラヤ山脈の南側の麓、ネパールの西側、インドとの国境付近に住した。
父:シュッドーダナ(浄飯王:じょうぼんのう)。北インドにあるカピラバストゥ国の釈迦族の国王。
母:マーヤー(摩耶夫人:まやぶにん)。浄飯王の妃
誕生については伝説として次のように伝えられている。
母マーヤーは、子供を身ごもった後、白い象が天から降りてきておなかに入る夢を見た。また、占い師によって、おなかの中の子が将来悟りを開き偉い人になることを予言されたりもした。 出産間近になったマーヤーは里国へ帰郷の途中ルンビニーの花園に立ち寄つた。そこで休憩のため右手を無憂樹にかけようとしたとき、右脇から出産した。生まれ出た子供は東南西北に7歩あるき、右手で天、左手で地をさし「天上天下唯我独尊」と唱える。すると風が吹き花が舞い、天からは甘露の雨が降り注ぎ誕生を祝った。 中国や日本ではこの日を4月8日とさだめ、降誕会、誕生会としてお釈迦様の誕生を祝っている。
○母の死と義母
マーヤーはお釈迦様の生後7日目に没するが、マーヤーの妹のマハープラジャーパティ摩訶波闍波提(まかはじゃはだい)が後妻に入り、王子として大切に育てられる。
「摩耶夫人その生むところの子の、端正にして天童のごとく、衆の美を悉く備え足りるを見て、過ぎし喜びに自ら勝てず、命終わって天上に生まれぬ。」(「仏所行讃」)

2.宮殿での生活
阿私陀仙人の予言:
「王子、若し王位に上り給わば、威武日に揚がり転輪王となって五天竺を統一し給わん。然し、若し出家し給わんには悲智円満の覚者となりたまいて普く人天を度し給わん。」
浄飯王は、王子を城に繋ぎとめておくために苦心する。
 
○豪奢な宮殿(「三時殿」)
父王は出家の気持ちが起こらないように、太子のために暑時殿・雨時殿・寒時殿という季節に応じた三つの宮殿を建てた。
三時殿:三時とは三つの季節(熱際時、雨際時、寒際時)で、「季節に応じて過ごす別荘」の意。
○無常の現実1(弱肉強食)
ある年の春、農耕祭の時の出来事。小鳥が虫をついばんだと思うと、その小鳥を鷲が襲う出来事が起こった。この光景を見たお釈迦様は弱肉強食の現実を実感されたと伝えられている。
○妻を娶らす(結婚・子供・家庭)
17歳頃、耶輪陀羅:やしゅだら(ヤショーダラー)と結婚し、数年後、長男、羅 羅:らごら(ラーフラ)が生まれる。
ヤショーダラーとは、「すべてのものを兼ね備えた美女」の意。
ラーフラとは「障り。妨げとなるもの」という意味。
命名の由来には次のように伝えられている。修行の準備をしていたお釈迦様のところに長男誕生の使いがやってきて伝えたところ思わず「修行のさまたげとなるものが生まれた。」とつぶやいた。それを名前と勘違いした使いが城に戻って名前を「ラーフラ」と伝えたといわれている。
○無常の現実2(四門出遊)
城には東西南北に4つの門があった。御者のチャンナ・白馬のカンタカを伴って、各門から出て城外を見聞した。
東門から出た時:道ばたにいる老人に出会い、老いの姿に心を暗くされた。
南門から出た時:病人を見かけ、病に苦しむ姿に憂いの気持ちを抱いた。
西門から出た時:大勢が泣きながら野辺の送りに向かう葬列を目撃し、死の現実に直面した。
北門から出た時:気高く爽やかな姿の修行僧を見かけ、その姿に驚かれ、出家の決意を固められた。
   
*後に釈尊はこのときのことを弟子たちに述懐した
「比丘らよ、私はとても恵まれ、とても大事にされたが、その私に次のような思いが生じた。『無知な凡夫は、自分自身老いるものでありながら、自分のことはさておき、他人が老いぼれたのを見て嫌悪する。私も同じく老いるものであって、老いを逃れられないその私が、他人が老いたのを見て嫌悪するということは、私にふさわしいことではない。』とこのように思い及んだとき、比丘らよ、私は若さの真っ只中で若さを誇る気持ちは全く消えうせてしまったのである。」
※生死の問題(老病死)を直視したとき、その人生苦の解決に向かう以外に道はないと釈尊は考えた。(われわれはただ問題を先送りしているだけにすぎない)


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平成19年3月12日(月) 実台寺信行会(第七十五回)資料
釈尊の生涯(2)出家から覚りへ

一.出家から覚りへ

1.出家
新たに妃を迎えた喜びもゴー夕マ・シッダールタの憂鬱を消し去ることはできなかった。愛児に対する愛情も彼を永久に世俗の人としてとどめることはできなかった。彼が二十九歳に達したとき、真理を求め人生の問題を解決しようとの念やみ難く、ついに彼は真夜中に馬丁チャンダカを起こし、駿馬カンタカをつれてくるように命じた。
   
チャンダカ「今は遊観の時にあらず。怨敵の逼(せま)り来るを見ず。何の故に此深夜に馬を命じたまうぞ」
シッダールタ「汝大怨敵(おんてき)の我等を襲来するを知らざるか。世上豈(あに)老病死に勝る大怨敵あらんや。速に白馬を牽(ひ)き来るべし。空しく時を過すなかれ」(「因果経」)
シッダールタ「我、若し、生・老・病・死、憂悲(うひ)苦悩を断たずんば、終(つい)に宮に還(かえ)らじ。我、若し阿耨多羅三藐三(あのくたらさんみゃくさん)菩提(ぼだい)(さとり)を得ず、又法輪を転ずる能(あた)わずんば、要(い)らず還(ま)た父王と相見(あいまみ)えじ。若し恩愛の情を尽さずんば、終に還た、摩訶波闍波提(まかはじゃはだい)及び耶輸陀羅(やしゅだら)を見じ。」(「因果経」)
   
愛馬カンタカが死後に前世を思い起こして語った言葉(後代の経典による)
「私はシャカ族の首都であるカビラヴァットゥで浄飯王の王子と同時に生まれたカンタカでした。かの王子が夜半悟りを求めて城から出ていったときに、彼は柔らかい手と光彩ある爪でわが脚を打って、『さあ、私を連れていってくれ。私は最上の悟りに達して世を救おう。』といいました。 その言葉を聞いたとき、私の喜びは大きかったのです。私は躍り上がって喜んで願いました。偉大な名声のある釈子が私に跨がったのを知って、躍り上がって喜んで、人間のうちの最上の人(釈尊)を運びました。太陽の昇ったとき他国の領土に着いて、私と(御者)チャンナとを残して、彼は心ひかれずに、去ってゆきました。私は彼の足の銅色の爪を舌をもって嘗め、偉大な英雄の去ってゆくのを、涙して見送りました。私は、かの幸ある者、シヤカ族の子を失ったので、重い病をえて、すぐ死にました。」


2.求道(苦行)
1) ビンビサーラ王(マガダ国)との出会い
シッダールタはガンジス川を渡り、マガダ国の首都である王舎城きた。国王ビンビサーラは国に留まることを懇願するが、シッダールタは断る。そこで、国王は悟りをひらいた後に自分に説いてもらうことを願い、再会を約束して別れた。
   
ビンビサーラ王「太子、若し父王を敬愛するが為の故に、聖王の位を取らざらんを欲せば、我、国の半ばを捧げ、以て共に之を治めん。若し少しといわば、我は国をすてて、尽く之を奉じ、以て臣事すべし。若し、復我国を取らじとならば、四兵を給したてまつらん。自ら攻伐して他国を取りたまえ。」(「因果経」)
   
シッダールタ「我が今、父母に辞別し、髭髪(しゅほつ)を剃除し、国を捨てる所以は、生老病死の苦を断ぜんがためなり。五欲の楽を求むるためにあらず。」(「因果経」)
   
2) 二人の仙人との出会い
シッダールタは2人の有名な仙人について修行し、禅定を学んだ。
@アーラーラ仙人→無所有処(ものにとらわれない境地)
Aウッダカ仙人→非想非非想処(想うことにも想わないことにもとらわれない境地)
それでは満足できずに、続いて苦行の道へと進むことになる。
   
3) 5人の仲間との苦行
5人の修行僧と共に断食をはじめとするはげしい苦行。 (5人の修行僧とは、浄飯王がシッダールタを説得し連れ戻すように命じた家臣。しかし、それに失敗しともに出家した。キョウジンニョ、他)
 
苦行…食事は一日に「一麻(ま)一米(べい)」→「顔貌愁悴(がんぼうしゅうすい)、身形萎熟(しんぎょういじゅく)」「身形消痩して、皮骨相連なり血脈悉く現わる」
-> 苦行釈迦像(修行中で、痩せて骨と皮ばかりの姿)
6年間続ける。それでも満足はえられず。
 
修行の方法を変えてみよう→ 食事をし身体全身に力を充たして修行してみよう。
「健全にして充足した心から、はじめて精神の集中が可能となり、そこから三昧(禅定)が正しくおこなわれる。三昧に入るための健全な心を養うためには、まず食事をとることが第一前提である。」
   
4) スジャータとの出会い
シッダールタは、苦行を中止しネーランジャラー川のほとりに行く。村娘スジャータからもらった乳粥を食べて体力を回復する。苦行を共にしていた5人の修行者はその姿を見て、シッダールタは堕落したと思い離れていってしまう。

3.覚りへの道(成道)
1)禅定・降魔
ガヤー村のアシヴァッタ樹(ピッパラ樹・吉祥樹)の下で瞑想を始める。 「正覚を成ぜずんばこの座を立たじ」というすさまじい気力で禅定に入る。
 
マーラ(悪魔・魔王)の誘惑
  あらゆる手段(化け物・猛獣・軍隊などによる脅し、媚女の誘惑など)で覚りを妨害これをことごとく降伏させて、さとりをひらき仏陀となる。
降魔成道(ごうまじょうどう)図(雑念や誘惑を退けて覚りに達する姿)
シッダールタが35歳のとき。これを「成道」といい、12月8日早朝のことと言う。 この地(ガヤー)はブッダガヤー、アシヴァッタ樹は菩提樹と呼ばれるようになる。
 
縁起の理法…「これ有れば彼有り。これ生ずれば彼生じ、これ滅すれば彼滅す。」
 
十二因縁…人間が「苦」を感ずる原因を順に分析したもの。
   
物事は、「無明(むみょう)・行(ぎょう)・識(しき)・名色(みょうしき)・六処(ろくしょ)・触(しょく)・受(じゅ)・愛(あい)・取(しゅ)・有(う)・生(しょう)・老死(ろうし)」と十二段階で完成する。
 
2)覚りの喜び(自受法楽:じじゅほうらく)
覚りを開かれた釈尊は、成道後7日間瞑想を続けた。欲望も執着もない心で覚られた真理を振り返っていた。このことを自受法楽という。
 
3)説法の決断(梵天の勧請)
釈尊は自らが気づいた真理の内容(仏法)を人々に伝えるべきかどうか迷った。 ある日瞑想をしているとき、目の前に梵天が現れて、池に咲く蓮に背丈の高いものや低いものがあるように人にも様々な理解力の人がいるから、その人たちに応じて説法をしてほしいと懇願したといわれている。これを「梵天の勧請」という。これによって、釈尊は説法をする決意をし、伝道の旅にでていくことになる。  
 
無明 : 過去世の無始の煩悩。煩悩の根本が無明なので代表名とした。
行 : 過去世の煩悩によって作った善悪の行業
識 : 母胎中に受胎した刹那の五蘊(色受想行識で身体と精神との結合体としての個体)
名色 : 胎中にあって身心の発育する位。
六処 : 胎中にあって眼耳鼻舌身意の六つの感官が備わり、母体を出ようとする位。
触 : 生誕後しばらくの間のこと。事物に関して苦楽を識別することなく、ただ事物に触れて感知しようとする位。
受 : 苦楽捨といわれて苦をいとい楽をよろこぶような心の生起する位で性を求めるまでの位をいう。
愛 : 性欲を起こし、異性を求める位をいう。
取 : 自分の求めるもののために馳求する位。
有 : 未来の生活や環境を結果する行為によって業因を積集する位で人間一般の生存をいう。
生 : 前の業因によって結果した未来の生存をいう。
老死 : 生の刹那(=識)から受の位までを老死という。生老死は前の識名色六処触受の五位をさすことになる。

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平成19年4月12日(木) 実台寺信行会(第七十六回)資料
釈尊の生涯(3)説法・教化の旅

1.初転法輪(しょてんぽうりん)
釈尊は、ブッダガヤー(菩提伽耶)を後にし、まず、ベナレスへと向かった。ベナレスのサルナート(鹿野園)には、苦行を共にした5人の修行僧達がいた。修行僧達に対して行った説法は「初転法輪」と呼ばれている。
 
【転法輪】てんぼうりん
仏が教え(法)を説くこと。仏の教えが一切の煩悩や邪説を破ることを、転輪王が輪宝を転じて一切の敵を破砕するのにたとえる。
 
その内容は、「中道」といわれ、欲望にふけることと、苦しみにふけることの二つの極端な道を捨てることを説いたといわれる。
仏弟子第一号
初転法輪の時、五人の比丘のうち、□陳如(きょうちんにょ)が最初に「素晴らしい最高の教えを知りました。」と答えた。これにより、彼を「阿若□陳如(あーにゃくきょうちんにょ)」(仏陀と同じ真理を知った□陳如)呼ぶようになった。(きょうちんにょの最初の文字は□で示してあるが、りっしん辺に喬の漢字である)

2.仏弟子たち
@ヤシャス(耶舎)
長者の息子。その55人の友達も弟子となり、先の5人と合わせて60人の阿羅漢の弟子の集団が出来た。
 
A迦葉(かしょう)の3兄弟
優楼頻螺迦葉(るびんらかしょう)、那提迦葉(なだいかしょう)、伽耶迦葉(がやかしょう)の3人とその弟子、それぞれ500人、300人、200人が弟子となる。
 
B頻婆沙羅王びんばさらおう(マガダ国・王舎城) ・・・・ 竹林精舎を寄進
故郷のカピラ城へ ・・・ 父王・妃・息子と再会し、真理を説き伝えていき、一族もすべて釈尊に帰依することになる
 
阿難陀:あなんだ(従弟)、難陀:なんだ(義弟)、金毘羅:きんぴら、阿那律:あなりつ(従弟)、難図:なんず、跋難陀:ばつなんだ、軍荼陀那:ぐんだだーな、提婆達多:だいばだった(従弟)、優陀夷:うだい(学友)、優婆離:うばり(理髪師)、など
 
女性出家第1号…マハープラジャーパティ(摩訶波闍波提:まかはじゃはだい)
釈尊は父王・シュッドーダナ(浄飯王:じょうぼんのう)が97歳で亡くなった後、義母・摩訶波闍波提:まかはじゃはだいと妻であったヤショーダラー (耶輪陀羅:やしゅだら)に懇願され、出家を許す。よって、2人は比丘尼となる。
 
C十大弟子
舎利弗(シャーリプトラ):智慧第一・知識豊富で判断力に優れている。※「舎利弗因縁」
目蓮(モッガラーナ):神通第一・優れた力を持っている。※「お盆の始め」
摩訶迦葉:まかかしょう(マハーカッサパ):行法第一・誰よりも清らかな生活をする。
須菩提:しゅぼだい(スブーティ):無諍第一・だれともあらそわない。
富楼那:ふるな(プンナ):説法第一・・教えを説くことに優れていた。
迦旃延:かせんねん(カーティヤーヤナ):広説第一・教えをわかりやすく説く。※老女を救う
阿那律:あなりつ(アヌルッダ):天眼第一・すべてを見通す能力が優れている。※不眠の誓い
優波離:うばり(ウパーリ):持律第一・戒律をよく守る。※四姓平等
羅喉羅:らごら(ラーフラ):好学第一・教えをよく学ぶ。
阿難:あなん(アーナンダ):多聞第一・教えを多く聞いた。※美僧・侍者25年
 
※十大弟子中、舎利弗、目蓮は特に二大弟子と呼ばれている。
※また、羅喉羅:らごらは釈尊の息子で、阿難は異母弟である。
 
提婆達多:だいばだった(デーバダッタ・従弟) ・・・・ 釈尊殺害を企む
1.凶人に襲わせる
2.大石を落とす
3.酔象を放つ

3.祇園精舎ぎおんしょうじゃ
コーサラ国(波斯匿王:はしのくおう)の首都・舎衛城に、国中切っての大富豪・スダッタ(須達多長者)が住んでいた。慈悲心に富み、貧窮孤独の人々に物を給し救っていたので「給孤独:ぎっこどく」と呼ばれた。 スダッタは、釈尊をコーサラ国に招くに当り精舎を造り、寄進したいと思い土地を探したところ、とても適した土地が見つかった。しかし、そこは波斯匿王(はしのくおう)の子、ジェーダ(祇陀:ぎだ)太子の土地だった。太子は土地を手放すつもりはなかったので、譲渡をたのむスダッタに対し、もし土地のすべてに黄金・珠玉をしきつめられたら、それと土地とを交換しようと難題を吹きかけたところ、スダッタはただちに土蔵を開いて蓄えておいた黄金・珠玉を数匹の大象の背中に積んで運び、土地に敷き詰め始めた。 それを見た太子は彼の釈尊に対する信仰の深さにうたれ、自分でも僧園建立に援助したと伝えられる。ここに建ったのが「祇園給孤独園」、「祇園精舎」である。
 
「祇園」とは、ぎだ祇陀太子の所有する園、の意。
「精舎」とは、仏道修行者の住居の意で、寺院のこと。
 
日本人にとっては「平家物語」冒頭部分、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」の文句、あるいは京都市の地名や「祇園祭」など、耳になじみの深い言葉である。

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平成19年5月12日(土) 実台寺信行会(第七十七回)資料
釈尊の生涯(4)涅槃への旅

1.外教者(外道:げどう・仏教以外の教えを信じる者)の迫害
釈尊の人望が高まるにつれ、外教者の嫉妬を買い、様々な迫害が為された。
例1.美女・チャンチャーによる奸計
腹にお盆を当てて、釈尊の子を孕んだと言いふらす。
 
例2.遊女・スンダリーによる奸計
遊女を殺し、精舎の境内内に埋め、釈尊に罪を着せる。
 
※目連の殉教
多くの外教者に取り囲まれ、惨殺される。
 
「舎利弗よ、決して嘆いてくれるな。万事はすべて業報によって支配されているのである。何人といえどもこの業報の手から逃れ去ることは出来ない。…舎利弗よ、悲しんでくれるな。自分を殺すのは外教徒ではなくて、自分の過去世において造っておいた罪の報いである。」

2.釈尊をめぐる人々
@耆婆:ぎば(ジーヴァカ)
王舎城(マガダ国)にいた名医。娑羅跋提(さらばつだい)という遊女と、アバヤ王子(王舎城の頻婆沙羅王の子)の間の子どもとして生まれる。
※頻婆沙羅王への治療…腸の切開手術
※釈尊への治療…下痢の薬調合
 
A阿闍世(あじゃせ)
マガダ国の頻婆沙羅王(ひんばさら)と韋提希夫人(いだいけ)の子。
※王舎城の悲劇…阿闍世出生時の因縁→提婆達多の野心→阿闍世の父王弑逆の決心→母を投獄→阿闍世の改心・仏教流布に貢献
 
B毘琉璃(びるり)
コーサラ国の波斯匿王(はしのく)の子。
※舎衞城(しゃいじょう)の悲劇…波斯匿王、釈迦族の女との結婚を希望→偽って奴婢の女を妻あわす→子の毘琉璃誕生→釈迦国で毘琉璃、奴婢の子と辱められ、母の素性を知る→毘琉璃、波斯匿王と王妃を追放→釈迦族を滅ぼす

3.涅槃近し
@霊鷲山にて
釈尊は、80歳頃成道後50年の説法のまとめとして法華経を説いたといわれる。
釈尊が、比丘に対し説いたといわれる七法
一つには信。如来を信ずるなり。
二つにはざん慚。己の欠をは羞ずるなり。(「慚:ざん」は、恥じる意。)
三つにはぎ愧。悪行を羞ずるなり。(「愧:ぎ」は、恥じる意。)
四つには多聞。上中下ともに善くして義味深奥なるを受持するなり。
五つには精勤。悪を滅し、善を修し、勤習して捨てざるなり。
六つには憶念:おくねん。昔、学習する処を忘れざるなり。(「憶念:おくねん」は、記憶し心に留める。)
七つには智慧。生滅の法を知り、賢聖に趣き、諸苦の本を尽くさんと要するなり。
 
A涅槃の自覚
旅の途中で、弟子達に「あらゆるものはうつろいやすいものである。怠ることなく精進しなさい。これより3ヶ月の後、如来は涅槃に入るであろう。」と告げる。
 
阿難への説法
阿難よ、当に自ら帰依し法に帰依すべし、他に帰依するなかれ。(自灯明、法灯明)
 
B純陀:じゅんだ(チュンダ)の供養
釈尊は、ある村で鍛冶屋の子チュンダの供養を受け、その時のキノコ料理がもとで激しい腹痛と下痢に襲われる。チュンダはこの料理を出したことを激しく悔やんだ。
 
「チュンダよ、何も嘆くことはない。いつも私が言っているように、命あるものは、必ず滅びるのだ。咲いた花が、遅かれ早かれ必ず散るように、人間も時が来れば必ず死ぬ。花は、風や雨が原因で散ると思っているか?そうではない。咲いた花は必ず散るが、それはたまたま風や雨を縁(契機)として散るのである。それと同じように、生まれた人間は必ず死ぬが、病気や事故を縁として死ぬのである。死のほんとうの原因は、生まれたそのことにあるのだ。だから、たとえお前の作った食事を食べなかったとしても、私は何かを縁として必ず死ぬ。」
 
釈尊はチュンダを優しくねぎらい激しい腹痛と下痢を押してさらに北への旅を続けた。

4.入滅・涅槃
クシナガラの地に着いた釈尊は弟子の阿難(アーナンダ)に命じ、2本の沙羅の樹の間に衣を敷かせ、その上に頭を北に向け右脇を下にして静かに横になった(頭北面西)。大勢の弟子達や地元の人々の見守る中、釈尊は自分の亡き後は、法をよりどころにすべきことを説き、生涯を終える。
 
「泣くことはない。仏は亡くなりはしない。月が山の向こうに隠れるように、私の姿が見えなくなるだけだ。仏は私の肉体ではない。仏は私の悟りの智慧である。だから、私の肉身を見ている者が、私に会っているのではない。私の教えを学ぶ者こそ、ほんとうの私に対面しているのだ。私は、私の肉体亡きあとも、お前たちの師として、これからも生き続ける……」
(教えは経本として残され今も読まれているわけで、それは、仏は常に存在し教えを説き続けている、ともいえる)
 
「おんみらよ、もし勤め励むなら、事として難(かた)いものはない。少(わず)かな水もつねに流れるなら、石にも穴をうがつではないか。この故に、おんみらはつねに勤め精(はげ)むがよい。
おんみらよ、わたしの死に悲悩(かなしみ)を懐いてはならぬ。たとえわたしがこの世に住(とど)まることがいかに長くとも、会うたものは必ず離れねばならぬ。会うて離れぬ理(ことわり)はない。必ず知らねばならぬことは、世の常ないことである。世の相(すがた)はみなこのとおりである。おんみらよ。且(しばら)く静かにあれ、言うことなかれ、まさに時である。わたしは滅度するであろう。これが、わたしの最後の誡(おしえ)である。」
(最後に、精進の大切さと、この世の無常の理を説く)
 
釈尊80歳、紀元前383年2月15日の明け方であった(中村元博士説)。
2月15日には、多くの寺院で釈尊の死をしのぶ[涅槃会]が行われる。ちなみに釈尊の死を、入涅槃または入滅という。


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平成19年6月12日(土) 実台寺信行会(第七十八回)資料
釈尊の生涯(5)補遺

1.釈迦族の系譜
昔、ポータラ城にオッカーカという王さまがいた。 その第一夫人を善賢といい、長寿という子がいた。この子は、とてもかわいい顔で、世に並ぶものはないほどだったが、身体がとても弱く、将来は、王としてはとても無理ではないかと思われていた。

第二夫人には四人の子どもがいた。炬面(こめん)、金色(こんじき)、象衆(ぞうしゅう)、別成(べつじょう)という名だった。この四人はともに聡明で、武勇にすぐれていた。

王位継承の第一は長寿であるが、第一夫人は考える。「もしかしたらうちの長寿をとびこえて、あの四人の中の誰かが次期王位につくのではないか。」

そこで、王に同情を誘って、四人の追放をそそのかした。王は、あの四人の子は兄弟仲もいいし、お前の子をさしおいて国を奪おうなどと考えるはずはないというが、第一夫人にまんまとそそのかされ、四人の子を国外に追い出してしまう。

しかし、不当なことをされても、四人の子は顔色一つ変えることなく、国外へと出る支度をするのであった。

それに、王にとって計算外のことは、この四人に、第二夫人やその姉妹、バラモン、長老、居士、力士といった連中がたくさんついて、彼らも城外に出るといい出したことであった。

四人の王子とその一行は、王に別れを告げ行方も定めず、旅に出る。そして、道を東北にとり、バギーラティ河を渡り、ヒマラヤの近くに着いた。そこは見渡すかぎり広く、そしてすがすがしいところだった。おいしそうな果実やめずらしい動物たちがたくさんいる。このすばらしい土地を住処と決め、早速、城が建設された。

数年が経過すると、周囲から、四人の王子の徳を慕って、城に来る人が増え城内に住みついていった。
オッカーカ王は、あるとき、ふと、四人の王子のことを思い、かたわらの大臣に、彼らの消息をたずねると、城を築き、人民の数も増えて、豊かに暮らしているとのこと。

オッカーカ王は、さすがに我が子だ、能くやった、能くやったと三度もくり返し、四人の王子の一族を「釈迦族」と呼ぶことにした。「釈迦」とは「能く」という意味を持っているからである。

さて、それから歴代王位が継がれ、シンハハヌ王という王の時代になり、四人の子が生まれた。長男がシュッドーダナ(浄飯王)、二男がシュクローダナ(白飯)、三男がドートダナ(斛飯)、そして四男をアムリトーダナ(甘露飯)と名づけた。いずれの子どもたちにも「飯」の字が冠せられていることから、この地は米がたくさんとれたに違いないとされている。

シュッドーダナは、シヤカ族のマーヤを妻とし、二人の間に生まれたのがシッダールタ(釈尊)である。

2.舎利弗と目連(サーリプッダとモッガーラナ)

1)誕生
ラージャガハの近くの、ウパティッサ村に住むサーリーというバラモンの妻が妊娠したが、同じ日に隣のコーリタ村に住むバラモンの妻モッガリーもまた、子供を宿した。この二人の女性の家は、それぞれ、村で最も優れた家柄の家であり、家同士は、これまで七代もの間なにかにつけて互いに助け合い、仲良く暮らしてきていた。

それから十か月がたち、二人の妻はどちらも男の子を産んだ.サーリーの息子には、サーリプッダ、モッガリーの息子にもモッガーラナという名前がつけられた。

1)知恵比べ
(その1)
昔、ひとりの絵師が友人の木工細工師の家を訪ねた。木工細工師は木で作った機械仕かけの女を美しく着飾らせて給仕させた。絵師はその女の美しさに人形とは気づかず彼女の手を引くと、その人形はバラバラになってしまった。絵師は非常に恥ずかしく思って一室に閉じ込もってしまった。

翌日になっても部屋から出てこないので、怪しんだ木工細工師がその部屋に入ってみると、絵師は天井にひもをかけ、首をくくって死んでいたのである。

驚いた木工細工師が王に訴え出たので、王は家来に命じて調べさせた。すると、それはなんと壁に描いた絵であった。その時の木工細工師がモッガラーナで、絵師はサーリブックであったというのである。

(その2)
ある時、その国の王が二人の画家に命じて部屋の壁に各々得意とする絵を描かせ、優劣を定めようとした。一人の画家は六か月かかって実に見事な絵を描き上げたが、もう一人はその間、絵を描こうとはせず壁をみがいてばかりいた。

六か月たった時、絵ができ上がったと聞いて、王は自らその絵を見にやって釆た。壁に描かれた絵を見てその見事さに感心し、大いにほめたたえながらもう一人の画家の絵を見ようとした。すると、鏡のようにみがかれた壁には向かい合った壁の絵が映っていて、光の具合でごく薄い布を通して見るように、たいそう神秘的に輝いて見えたのである。

「これはすばらしい絵だ」

国王が感嘆してながめ入っていると、壁をみがいた絵師が答えた。「これはわたしの描いた絵ではございません。向かいの壁の絵が映って見えているのです。この絵がよく描けているとすれば、それは向こう側の壁の絵がよく描けているからでございます」

この答えは王をすっかり感心させた。この時、六か月かかって壁に絵を描いた画家がモッガラーナで、六か月間壁をみがいていた画家がサーリブックであったという。

これらの話は、いずれもサーリプッタの力がモッガラーナの力よりも少し勝っていることを示している。これは、サーリブッタの正しい知恵がモッガラーナの神通力よりも少し勝っていることを語るもので、仏教においては正しい知恵は神通力に勝ることを示しているものといえよう。 (「仏教説話大系 2」)

*釈尊に関する重要聖地
4大聖地
@藍毘尼園(ルンビニ):出生地。
A菩提伽耶(ブッダガヤー):修行し成道した地。
B鹿野苑(サールナート):初轉法輪の地。
C拘尸那羅(クシナガラ):涅槃の地。

・舎衛城(シュラーヴァスティー):コーサラ国の首都。釈尊がしばしば説法教化した地。
・カピラ城(カピラヴァスツ):釈迦族の住んでいた国、その都の名
・祇園精舎(サヘート):須達長者が釈尊とその弟子のために建てた僧坊。竹林精舎と共に二大精舎という
・那爛陀(ナーランダー):王舎城の近郊に創建された学問寺。玄奘・義浄らもここに学ぶ。
・王舎城(ラージャグリハ):マガダ国の首都。釈尊入滅直後、城外で仏典の第一結集を行なった。


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平成19年7月12日(木) 実台寺信行会(第七十九回)資料
須弥山世界(仏教の宇宙観) 「仏教説話大系20」より

○大きな歌の詠み比べ
@唐土より日本にひょっと踊り出てしゅ須み弥の辺りを遊行上人(時宗の僧)
A須弥山に腰うちかけて大空を笠にきたれど耳も隠れず(天台宗の僧)
B押し回しこくう虚空をぐっと飲み込めど須弥のなかぼね中骨のど喉に触らず(禅宗の僧)

大きな数字の単位
10の0乗 いち 10の16乗 けい 10の44乗 さい
10の1乗 じゅう 10の20乗 がい 10の48乗 ごく
10の2乗 ひゃく 10の24乗 じょ 10の52乗 恒河沙 ごうがしゃ
10の3乗 せん 10の28乗 じょう 10の56乗 阿僧祇 あそうぎ
10の4乗 まん 10の32乗 こう 10の60乗 那由他 なゆた
10の8乗 おく 10の36乗 かん 10の64乗 不可思議 ふかしぎ
10の12乗 ちょう 10の40乗 せい 10の68乗 無量大数 むりょうたいすう

 

○須弥山
宇宙の中心に聳える。高さ8万由旬(80万km)
〈参考〉月と地球の距離 約38万Km
1由旬(ゆじゅん)=約10km
中腹を太陽・月が廻っている。
○風輪 … 周囲は阿僧祇由旬
○水輪・金輪(こんりん) (第9図参照)
○「九山八海」 (金輪の上)九山
 九山
  @須弥山(8万由旬)
  A持双山(4万由旬)
  B〜F省略、徐々に低くなる
  G尼民達羅山(にみんだっらせん)(625由旬)
  H鉄囲山(てっちせん)(312.5由旬)
 八海
  七海は淡水、
  一番外側(尼民達羅山と鉄囲山の間)の海は海水。
○四大洲 (海水に浮かぶ)
 @東・半円形の大陸 → 勝身(しょうしん)洲
 A南・台形の大陸 → 贍部(せんぶ)洲 閻浮提(えんぶだい)
 B西・円形の大陸 → 牛貨(ごか)洲
 C北・正方形の大陸 → 倶盧(くる)洲
○六道の在処(ありか)
(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)
@地獄
贍部(せんぶ)洲(えんぶだい閻浮提)の下(第12図)
八大熱地獄
 1.等活地獄(とうかつじごく)、2.黒縄(こくじょう)地獄、3.衆合(しゅごう)地獄、4.叫喚(きょうかん)地獄、5.大叫喚地獄、6.焦熱(しょうねつ)地獄、7.大焦熱地獄、8.阿鼻(あび)地獄
 地獄の構造(第12図)
A餓鬼…3ヶ所ある
1.泥の下、2.人間界、3.天界
B畜生…大海、陸、空
C阿修羅…海のほとり、大海の底
須弥山と持双山の間の海
阿修羅は、本来は天に住んでいたが、酔った挙句に帝釈天に蹴落とされた。
*日食・月食の由来
D人間…贍部(せんぶ)洲(えんぶだい閻浮提) 右中図参照
勝身洲…住民の身長8肘(ちゅう)(4.3m)、寿命250歳
牛貨(ごか)洲…住民の身長16肘(8.6m)、寿命500歳
倶盧(くる)洲…住民の身長32肘(17.2m)、寿命1000歳
E天
 小世界(第14図)、小千世界、中千世界、大千世界
*三千世界の烏を殺し主と朝寝がしてみたい(高杉晋作)


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平成19年8月12日(日) 実台寺信行会(第八十回)資料
中陰の世界

1.中陰の世界(=冥途:めいど)
   *断末魔(=死に際)の後、死者は中陰(中有)の世界に入る。
中陰の世界の有り様
○死者の姿は?→姿なき姿、香を食物としている→「食香(じきこう)」と呼ぶ。(「意生身(いしょうじん)」とも)
○冥途の旅
  死出の山 真っ暗な山道(長さ八百里=約400km)をとぼとぼ歩き続ける。
@初七日 秦広王の法廷に出る 生前の殺生の罪について
三途の川 渡る所に三有り。一には山水瀬(さんすいらい)、二には江深淵(こうしんえん)、三にはう有橋渡(うきょうと)なり。
賽の河原(三途の川のこちら側) 
  子どもたちが石を積み塔を作る。(布施行)
  幼くして亡くなった子供たちは、生前に布施行をする暇がなかった。
  其の慙愧の念から石を積んでいる。→ 鬼が壊し、鉄棒で打つ。
  子供の罪→自分の死によって父母を嘆き悲しませた罪
  お地蔵さんが救ってくれる。
三途の川に渡し舟 渡し賃は六文(室町時代以降の伝承)
懸衣翁(けんねおう)と懸衣嫗(けんねう) 懸衣嫗(奪衣婆)が死者から衣類を剥ぎ取り、懸衣翁がそれを衣領樹の枝に懸ける。→ 枝の垂れ下がり方によって生前の罪の軽重が分かる。(三途の川の対岸)
A二七日 初江王の法廷
追善供養「回向(えこう)」とは、ある人が一生懸命に仏道修行をしたその功徳を、他の人にふり向けること。この回向を、死者に振り向けるのが追善供養。
B三七日 宋帝王の法廷 邪淫の罪を裁く
C四七日 五官王の法廷 嘘をついたかどうか
秤にかける 生前の身体的行動と言語的活動の悪を表示する。
D五七日 閻魔王の法廷
水晶の鏡--生前の悪行がすべて映し出される
閻魔王 インド出身・「マヤ」最初の人間、死者第一号
五戒→不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・不妄語戒・不飲酒戒
E六七日 変成王の法廷 再審をする
F七七日 泰山王の法廷 最終判決
満中陰(49日目)
六つの鳥居→ 六道への入り口

2.来世
  死後の行き先(右・第4図参照)
  四有(しう)(=人間の4つの存在)
(生有:しょうう)→本有(ほんぬ)→(死有)→中有(ちゅうう)→(生有)
四生(ししょう)--仏教では、生命の誕生の仕方を四つに分類。
@ 胎生---人間や獣のように、母胎から生まれる。
A 卵生---鳥や魚のように、卵から生まれる。
B 湿生---虫のように、湿気から生まれる。(昔の人はそう考えた。)
C 化生---親なくして生まれる誕生の仕方。

十王とは、仏・菩薩が姿を変えたもの
初七日(不動明王) 六七日(弥勒菩薩)
二七日(釈迦如来) 七七日(薬師如来)
三七日(文殊菩薩) 百箇日(観世音菩薩)
四七日(普賢菩薩) 一周忌(勢至菩薩)
五七日(地蔵菩薩) 三回忌(阿弥陀如来)
六道のうち、1.天(化生) 2.人(胎生) 3.修羅(化生) 4.畜生(胎生・卵生・湿生) 5.餓鬼(化生) 6.地獄(化生)
中陰の時は、化生の存在
G百箇日 平等王の法廷 再審
H一周忌 都市王の法廷 再審
I三回忌 五道転輪王の法廷 再審

3.輪廻の世界からの脱出 → 解脱(げだつ)・悟り
輪廻(りんね)→(梵語で「流れる」意) 迷いの世界を生きかわり死にかわること。
車輪が回転してきわまりないように、衆生が三界六道に迷いの生死を重ねてとどまることのないこと。輪廻転生。
「人間は必ず死ぬ。そして、またどこかに生まれ変わる。」

   --- 大抵の宗教はそう考える。

*キリスト教→死後の世界は、「天国と地獄」。これは永遠の世界である。
  天国に生まれた人間も、地獄に落ちた人間も、そこで永遠に生きる。
*仏教→天(国)に生まれた人間も地獄に落ちた人間も、さらにまた生まれ変わる。
輪廻により、何度も生まれ変わりを繰り返す。何度も地獄に落ちる可能性がある。
六道→@地獄(道)・A餓鬼(道)・B畜生(道)・C修羅(道)・D人間(道)・E天(道)
  *道とは、「ゆ道く=行く」の意。人間が死後に行き着くところ。
本当の仏道修行→ この輪廻から抜け出すこと。(=解脱(げだつ)・悟りを開く・涅槃(ねはん))


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平成19年9月12日(水) 実台寺信行会(第八十一回)資料
六道輪廻の世界

  六道→ @地獄(道)・A餓鬼(道)・B畜生(道)・C修羅(道)・D人間(道)・E天(道)
  *「道」とは、「道(ゆ)く=行く」の意。人間が死後に行き着くところ。「趣(しゅ)」も使われる。
  三悪道(三悪趣)→@地獄道・A餓鬼道・B畜生道 ←三毒(貪瞋痴:どんじんち)の結果趣(おもむ)く。
  瞋恚(しんに)(いかり)→地獄道、貪欲(とんよく)(むさぼり)→餓鬼道、愚痴(ぐち)(おろか)→畜生道

1.地獄の世界
  地獄(=「奈落(ならく)」ともいう。←梵語・ナラカ)→ 苦しみを受ける場所
A.八大熱地獄
1.等活地獄(とうかつじごく)
@牛頭(ごず)人身 A馬頭(めず)人身 (二種の鬼、地獄の番人)
罪人をかなぼう鉄棒で打ち砕き、刀で切り裂く。→再び生き返る。(以前と等しい姿で復活)
地獄の一昼夜=九百万年(「日本霊異記」では100年)
地獄の刑期=等活地獄で1兆6200億年
2.黒縄(こくじょう)地獄(殺生+盗みの罪を犯した者)
3.衆合(しゅごう)地獄、
4.叫喚(きょうかん)地獄、
5.大叫喚地獄、
6.焦熱(しょうねつ)地獄、
7.大焦熱地獄、
8.阿鼻(あび)地獄(=無間地獄) 間断なき苦しみを受ける。
苦しみの大きさも、他の七つの地獄の苦しみなど問題にならない程大きい。「阿鼻叫喚」
落ちるだけで2000年かかる。苦しみを受ける時間は、天文学的数字(1中劫)。
*副地獄八大熱地獄に付属して128在る。
B.八大寒地獄(省略)

2.餓鬼の世界
餓鬼→ やせ細って、のどが細く飲食することができないなど、常に飢渇に苦しむ。
餓鬼の刑期=15,000年(等活地獄の一億分の一)
色々な餓鬼がいる。人間の嘔吐物しか食べられない餓鬼。朝露しか飲めない餓鬼。墓で火に焼けた死体を食べる餓鬼など。共通するのは、満足することを知らず、とどまることを知らぬ欲望。
ガツガツと貪欲なのが餓鬼とすると、私たちにも当てはまる?

3.畜生の世界
鳥類・獣類・虫類の3種。仏典によると、34億種の畜生がいる。
牛馬のように、鞭打たれ酷使されて苦しみを味わう。 例(「日本霊異記」の話)

4.修羅の世界
阿修羅→ 執念の鬼・闘争の権化。
  元はアスラというインドの正義の神。
正義の神=アスラが、魔類の阿修羅に転落したのは?
帝釈天との戦い→ 執念の鬼と化す。
海の中で、常に怒り続ける存在が修羅。修羅道も苦しみの世界。

5.人間の世界
人生は無常。苦なる存在。→ 快楽を追いかけ、無常から目をそらしている?

6.天の世界
天界→ 「地居天(じごてん)」と「空居天(くうごてん)」
「下天(げてん)」=須弥山の中腹にあり、一番低い天界。(地上の一昼夜が、50年になる。)

人間五十年
下天の内をくらぶれば
夢まぼろしのごとくなり
一度生をうけ
めっせぬ者のあるべきか
    幸若舞の「敦盛」
「人間五十年、下天一昼夜」(インド仏典)
私たち人間の一生が、天人でも最下層(つまり、最短命)の下天の一昼夜にしかならない、ということ。
下天には、四天王が住み、四方を守護する。
@持国天(東方) A増長天(南方) B広目天(西方)
C多門天(毘沙門天・北方)
下天に住む天人の寿命は、900万歳。

「とう利天(とうりてん)」=須弥山の頂上にある。とうり天のとうの字は立心辺に刀の漢字。
(地上の一昼夜が、100年になる。)
とう利天は、三十三天とも呼ばれ、33人の代表的天人が住む。天人の寿命は、3600万歳。 帝釈天が有名。仏教の帝釈天は、釈尊や仏道修行者を守護する。
「夜摩天(やまてん)」
閻魔王 インド名をヤマ。最初の人間。従って、死者の第一号で死後の世界の王。
十七天(略) 最初の三天が「梵天」
*梵天は帝釈天と並んで仏教の二大護法神。
【天人の五衰】
@頭上の華しぼむ A腋下に汗いず B衣裳垢膩す C身威光を失す D本座を楽しまず
この兆候が現われると、その天人はまもなく臨終を迎える。その時の苦は言語を絶する。
天界もまた苦の世界である。

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平成19年10月12日(金) 実台寺信行会(第八十二回)資料
浄土の世界・仏の世界

1.仏教とは?
1.仏の教え
仏が、私たち衆生のために説かれた教え。
2.仏になるための教え
私たち凡夫が、修行をし、悟りを開いて仏になる、その仕方を教えてくれる。
仏教では、仏と人間は連続している。修行によって人間は仏になることが出来る。
*キリスト教 … 「キリストの教え」だが、絶対に「キリスト(神)になるための教え」ではない。神と人間は、完全に隔絶している。

2.仏とは?
(サンスクリット語)「ブッダ」→(音写)「ぶっだ仏陀」 →(意味)「真理に目覚めた者=覚者」
真理に目覚めた人。
歴史的には→ 釈尊が、最初の仏。(35歳でブッダガヤーの菩提樹の下で成道)
思想的・哲学的には→ 仏とは、「真理」。
真理を悟って釈尊は仏になった→ 釈尊とおなじ真理を悟ればだれもが仏になれる→ 仏は釈尊だけではない→ 大勢の仏があってよい

3.大勢の仏
釈尊が悟った真理(仏法)は永遠の過去からずっと存在した。
従って、釈尊以前にも真理に気付いた人がいるはずだ。
 → 「過去仏」の発想(釈尊入滅後に、仏教哲学者が考え出す)
A.過去七仏…釈迦牟尼仏が出現する前に6人の仏、第7番目に釈迦牟尼仏が出現。
「七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)」…過去七仏が説かれた教え。仏教は結局この一偈に帰するといわれる。
「諸悪莫作(しょあくまくさ)、衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)、自浄其意(じじょうごい)、是諸仏教(ぜしょぶっきょう)」
(もろもろの悪をなさず、すべての善を行い、自らの心を浄くせよ。これが諸仏の教えである)
過去仏は、最初は七仏であったが、次第に数が増えて、今は無数の過去仏が説かれている。
B.未来仏…弥勒菩薩
弥勒は菩薩であるが、兜率天に住し、釈尊入滅後56億7千万年の後にこの世に下生して仏になり、釈尊の救いに洩れた衆生をことごとく済度するといわれる。

4.三つのタイプの仏(三身仏:さんじんぶつ)
@無始無終の仏
永遠の過去から、永遠の未来まで仏であり続ける仏。「真理(法)そのもの」。
  「法身仏(ほっしんぶつ)」=真理(法)を身体とした仏。
  大日如来・びるしゃなぶつ毘盧舎那仏・久遠実成の釈迦牟尼仏。
A有始無終の仏
修行の結果仏となり、以後永遠に仏であり続ける仏。
  「報身仏(ほうじんぶつ)」=修行の報い(結果)として永遠の仏身を獲得した仏。
  阿弥陀仏・薬師仏。
  阿弥陀仏の場合は、法蔵菩薩が48の願を立てそれを成就させて仏となったといわれる。
B有始有終の仏
成道という始めと入滅という終わりをもった仏。
  「応身仏(おうじんぶつ)」私たち衆生に応じた体をもって現われた仏。
  釈迦牟尼仏。35歳でブッダガヤにおいて成道、80歳でクシナガラにおいて入滅。

5.代表的な仏
@毘盧舎那仏…「華厳経」の教主。“光明遍照”の異名。本来、太陽を象徴した仏。東大寺の大仏。
A大日如来…太陽の仏。毘盧舎那仏と同じ。密教の仏。
B阿弥陀如来…光明無量・寿命無量の仏。「光」は智慧、「寿」は慈悲の象徴。
C薬師如来…左手に薬壺を持つ。別名を”大医王仏”という。
D釈迦牟尼仏…牟尼”は聖者の意。釈尊が仏教の原点。


6.浄土(仏国土)世界
諸仏がそれぞれに建立された世界。自らの願を実現された世界。
@極楽浄土…阿弥陀仏の浄土。西方10万億の仏土を過ぎた所。
A浄瑠璃浄土…薬師仏の浄土。東方に在る。
B蓮華蔵浄土…毘盧舎那仏の浄土。宇宙に中心に在る。
C霊山浄土…釈迦仏の浄土。すべてを包括した世界と考える。
D兜率天浄土…弥勒仏の浄土。

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