Blue 1



朝議の席で守護聖首座の不調を伝えられた、とリュミエールが報告に来た。
もう一人の筆頭として、取りあえず形だけでも仕事につかねばならない状況に、
クラヴィスはうんざりする。
いずこの神がかは知らぬが、闇の安らぎを司ることを一方的に己に担わせる運命を、
クラヴィスは呪っている。
守護聖首座の、誇りをもたらす光の力を担うジュリアスが、
自分の任務を喜びとし誰よりも忠実にそれに従う、その気が知れない。
不調と聞いて、仕方のない奴だ、と思い、
数日間の休暇をとったと聞いて、これだから、と笑いたくなる。
嘲笑は、自分にも向けて。

定例の報告会など、普段はサボタージュを決め込んでいるのに、
今はそうするわけにも行かない。
次の朝議からしばらくの間、クラヴィスは重い心と体を引きずって、上座に着いた。
普段は厳しすぎるの口喧しいのと散々な評価をジュリアスに与えているくせに、
いざこうなると守護聖達も落ち着かない様子に、クラヴィスは一層馬鹿馬鹿しくなる。

女王補佐官ディアと、自分とジュリアスの次に職務経験の長い地の守護聖による
進行が終わりに差し掛かる頃、まだ少年の面影を残す風の守護聖ランディが
ためらいがちに挙手した。
「あの、ジュリアス様はいつまでお休みされるのですか?」
応える気もないクラヴィスに代わって、ディアが言う。
「…以前お知らせしました通り、5日間の連休を許可しました。
 すぐにまた、また元気なお顔を見せてくれますよ。」
鋼の守護聖ゼフェルが口をはさむ。
「ずーっと休んでりゃいいじゃねーか。」
「なんてこと言うんだゼフェル!」
「やめてよ!二人とも!」
最年少のマルセルが止めに入るが、止まらない。
「俺らだってあのツラ見ねーでいられりゃあせいせいするだろうが。」
「なんだと! ジュリアス様は俺達の代表だ。大事な方に向かってそれはないぞ!
 俺達は一刻も早くお元気になられるように祈るべきなのに!」
「そんなに大事なら、ゆっくり寝かせてやりゃあいいだろ。
 くだらねえことでいつまでも時間取らせてんじゃねえよ。」
席を蹴って立ち上がり、ゼフェルは身を翻して会議室を出て行ってしまう。
憤懣やる方なしのランディを、マルセルが慰める。
オスカーが端正な顔を厳しく引き締める。

「…ゼフェルの言うこと、間違ってもいないねえ。」
これは夢の守護聖。
ムっとした顔で、いぶかしむ顔で、それぞれがオリヴィエに注目した。
「な〜によ?」
注目されて嫌そうな顔をしたが、オリヴィエはふと真顔で
「あっちもこっちも調子狂ってるもんね。
 休める時に休んでりゃいいのさ。
 心配になっちゃうのはしょうがないけどね。」
と言った。
守護聖達は、言葉を反芻する。

あっちもこっちも
 崩壊の危機にある宇宙。
 終わりかけた力で、世界を支える女王。
 未だ試験到達点の見えない大陸、エリューシオンとフェリシア。
 決定していない、次代の女王。

ディアに促されて、ルヴァが試験の状況を説明する。
「あ〜、初めの頃の、基盤がしっかりしていないせいか、
 エリューシオンはまだまだ『安定』しているとは言いがたいですねえ。
 ぐんと伸びたかと思えばすぐにトラブルが起こってしまう様です。」
「アンジェリークはよく頑張ってます!」
叫ぶランディをなだめる様に、
「ええ。それは皆よくご存じの通り、ね。」
とルヴァが言い、続ける。
「フェリシアは、う〜ん、着実に育成が進められていると言えば言えるのですが、
 停滞期なのでしょうかねえ、今ひとつ伸び悩んでいる様ですねえ。」
「よくあることだよ。ダイエットとかとおんなじさ。変わる時に変わるよ。」
オリヴィエが軽口混じりに意見する。
「でもさ、ロザリアも最近イライラしてません?」
豊かさを司る緑の守護聖マルセルが口をはさんだ。
「思うようにいかないからなんでしょうけど、僕ちょっとコワイな。
 時々きついこと、アンジェに言いますよね。」
そして、優しさの水の守護聖リュミエールも
「…苛立つ余り、アンジェリークに八つ当たりすることがあるようですね。」
と同意した。
「二人しかいない女王候補ですのに。」
「あ〜、あれは世話を焼いているんですよ。ロザリアなりにアンジェリークを…」
と言いかけてルヴァは言葉を止め、
「まあ、そうですねえ、いらいらするのはいけませんね。
 候補達も私達守護聖もですよ。
 こんな時ですから、その、冷静になってよく物事を観て、行動しましょうね。」
とまとめあげた。
そして、少しも役に立とうとしないクラヴィスの代わりに、
知を司る地の守護聖の顔で、会議を閉める。

皆が退出する中、それまで黙っていた炎の守護聖オスカーが初めて口を開き、
ディアとルヴァにジュリアスからの伝言を告げた。
特に何があるというわけでもなく、
必要最低限の報告には目を通しているらしいとのことと、
ただ、誰の面会も求めない、と、以前にも聞いた言葉がくり返し告げられた。
ディアがため息をついた。
「…貴女の方には何か?」
とルヴァが尋ねたが、ディアは寂し気に首を振るばかりだった。
いいかげん飽き飽きしていたクラヴィスはゆらりと身を起こし席を立った。
オスカーのきつい眼差しが責めるのにも意に介さず、
物言いた気なルヴァを無視して出て行く。

美しい聖なる土地に、それでも存在してしまう翳り。
その、クラヴィスの領分に、主は戻る。

淀み凝る沈黙。

やがて、それを破る者がやって来た。
重い扉を軽々と開いて女王候補が執務室の闇を訪れた。
闇の守護聖クラヴィスは不躾に飛び込んで来た蒼い光に目を細めた。
優雅に膝をかがめ、洗練された動きで一礼すると、ロザリアはまっすぐに顔を上げて
「育成のお願いに参りました。フェリシアに力を送ってくださいませ。」
と、いつものように凛とした声を放った。
「フェリシアは、闇の力をたくさん求めておりますの。」
声すらも眩しい。

 なんだ。いつもとたいして変わらないではないか

「…よかろう。」
「感謝いたしますわ。」
必要最低限の言葉を交わしてきびすを返すロザリアに、
クラヴィスは気紛れを起こして呼び掛けた。
「…それで、お前はいつ、試験を諦めるのだ?」

「何をおっしゃいますの?」
初めは目線だけで、やがてゆっくりと体が向き直る。
「お戯れを。」
と言っておかしなものを見る様に、穏やかに笑った。

 いつもと変わらない、蒼い瞳
 見るもの全てを射抜く無慈悲な蒼

クラヴィスはフッと鼻で笑い、目を伏せて
「…行け。」
とつぶやいた。
「では、これで。」
来た時のように一礼してロザリアが去って行く。

クラヴィスは目蓋を閉じたまま、執務机に頬杖をついた。

 9人もおりながら、どいつもこいつも見る目を持たぬ者ばかり

クラヴィスは退屈そうに、笑った。


夕刻、いつもの様にハープを奏でていたリュミエールを下がらせ、
クラヴィスは部屋を後にした。
日の翳り始めた聖殿の渡り廊下を音もなく進む。
図書室の前を過ぎようとすると、僅かに開いたままの扉の向こうから
忍び洩れる話し声に出会う。

「そのへんで切り上げて、もう寮へお帰りなさい。」
「後少しですわ。」
「あ〜、無理はいけませんよ。また目が赤いじゃありませんか。」
「…ああ、これ、この本もお借りしますわね。」
「また倒れてしまったらどうしますか。」
「放っておいてくださいませ。」
そしてため息。
「…あ〜、あの、心配されるのは、迷惑ですか?」
沈黙。そして
「いいえ、いいえ…
 わたくし、期待して下さった方を落胆させたままなのが嫌なんです。」
「ジュリアスは、何も言っていません。」
「なら、なおさらわたくしが!」
「ロザリア…」
「おゆるしになって。わたくしは、大丈夫ですわ。」

少しの間を置いて、何冊もの資料を抱えたロザリアが図書室を出て行った。
後を追うルヴァは、クラヴィスに気付き、きまり悪気に苦笑する。
一瞥してクラヴィスは去った。

翌日。
闇の執務室に、女王候補が二人そろって訪れた。
クラヴィスを怖がってなかなか近付こうとしないアンジェリークの背に
ロザリアの白い手が置かれる。
「あ…あの…」
口籠るアンジェリークの代わりにロザリアが進みでた。
「お願いがございます。」

 蒼い瞳がきつい光を投げ寄越す。

「これを、ジュリアス様にお渡しくださいますよう、
お願い申し上げます。」
白いセロファンに包まれた小振りの品が差し出された。
執務机に無造作に置かれている水晶玉に、その白い陰が映り込む。
クラヴィスはいかにも疎ましい顔をして見せる。

「…なんだ。これは。」
「お見舞いです。ジュリアス様が御不調と伺いました。」
「…袖の下の受け渡しを命ずるのか?」
「ひどいっ、そんな言い方ないです!」
アンジェリークが小さな声で叫んだ。
ロザリアはふと苦笑した。
じろじろと無遠慮に眺めるクラヴィスに臆することもなく、
ロザリアは言葉を綴った。
「わたくしどもが守護聖様を心配するのもおこがましいとは存じていますわ。
 でも、お伝えする言葉を許されないんですもの、
 せめてこのくらいのことをしても、よろしいのではなくて?」

 傲慢な、蒼い光

「…よかろう。」
気紛れに、
「見返りに、お前はここへ残れ…」
と、ロザリアに挑んだ。
「よろしくてよ。」

 見るものを射抜く、蒼

「怒られるなら、一緒に…」
「大丈夫よ。あんたは行きなさい。」

女王候補は一体自分を何だと心得ているのだろう、
と、クラヴィスは愉快に思った。


アンジェリークと入れ違いに現れたリュミエールを去らせ、
闇の守護聖の執務室に、クラヴィスはロザリアだけを残した。

手元のスイッチに触れて部屋の灯りを落とし、
わずかに水晶玉の光りだけが揺らぐ暗闇を作る。
ロザリアの服が擦れる音を耳ざとく聴く。
「恐いか?」
と挑発してみる。

「…闇に畏怖する心を感じない者が、この世におりましょうか?」
あまりにも優等生な答に、クラヴィスの気がそがれる。
「『おそれる』という思いはけっして単純なものではありませんもの。」
「ふん…」
全く気に入らない。
「御立派な答だな…」
「…続きをお聞きくださいませ。
 わたくし、夜は好きですのよ。夜は優しいものですわ。」
暗闇に、目を閉じて微笑むロザリアが、白く浮かぶ。

「それで?」
クラヴィスは聴きたいと思った。
「…闇を恐いと思うのは、そう思ってしまう心の方が、わたくし、恐いです。
 ですから、恐いのは闇ではないのです。」
「お前に、恐いものがあるのか?」
喜んで、耳を貸す。
ややあって、ロザリアは頷いた。
「ええ。」
面白い。
咽の奥で笑うクラヴィスに、ロザリアは目蓋を開いた。

 美しい、蒼

クラヴィスは、もう行けと目で合図した。
ロザリアはまたいつもの様に一礼し、部屋を出た。

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